皐月文庫

青春

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最終更新日2020年8月20日
小説 25

青が破れる

町屋良平

殻を破ることが出来ないボクサーのひと「秋吉」と予想もしない方向に感情を爆発させる親友の「ハルオ」は、退っ引きならない病で入院しているハルオの彼女「とう子」さんのお見舞いに向かっている。死がすぐ目の前にあっても「老後の心配をしなくて済む」と朗らかに振る舞うとう子さんの姿。ジムの仲間「梅生」や不倫中の彼女「夏澄」とその子「陽」など、秋吉を取り巻く面々は、臆面もなく無邪気にもどこか老成している。この作品「青が破れる」の言葉の通り、端的に言ってしまえば「喪失」をテーマにしたいわゆる青春譚のひとつだ。

物語をレイアウトする、もしくは言葉をデザインする、といった類の評価の仕方があり、その題材に相応しいものは何かと言えば、本作はまさにうってつけのようにも思える。主人公「秋吉」の言葉は内外ともにプリミティブで、キャラクターの目線に立った文体が妙に生々しく見えてしまう。「知って」か「しって」なのか、そうした細かい漢字や仮名の使い分けに留まらず、キャラクターとしての逡巡が弾むようなリズムとテンポで描かれている点、言葉の少ない主人公の等身大の感覚に倣って掴み取ることが出来るリアルさ。この一種の肌感覚が本作の醍醐味のひとつだと思うし、そういった感情の変化変遷だけではなく、ボクシングや病室、車内の情景、川や街の風景にすら、鮮烈で荒々しい「味」や「音」「匂い」を漂わせてくるのは、何かを捨てても選び抜いた言葉がその世界にとって真に適切であり、「理に適っている」からではないか、そんなふうに感じて仕方がないのだ。

青春とは何か、という定義はもはや喧喧囂囂、言うことすら憚れる部分はあると思う。太古の昔からある通り「喪失」あるいは「解放」を謳い「ここではない何処か」へ歩みゆく様が青春であるとすれば、本作は一片の躊躇いもなく確信的で、かつアイデアに満ちたソリッドな青春文学だと断言してよいと思う。

小説 22

神去なあなあ日常

三浦しをん

フリーターでもやって食っていこうと心に決めた「平野勇気」は担任「熊やん」の策略にハマり、高校卒業と同時に三重の山奥で林業に従事することとなった。生まれ育った「横浜」とは違う、のんびりとした山奥の小さな集落「神去村」。果たして彼はいっぱしの「男」になれるのか、その奮闘ぶりを描いた青春模様。なおこの物語の後日譚「神去なあなあ夜話」含めて「神去シリーズ」全2巻。

「なあなあ」というのは方言のひとつで冒頭その説明から入るのだが、もうこの時点でこの作品の雰囲気が何となく読み取れてしまう。肩の力が抜けるような「ふわっ」とした感覚だ。これが実に気持ちがいい。そんな方言のマジックに彩られて、林業という過酷な仕事の裏と表を安心して受け取ることができてしまうのだ。

ところでこの「ふわっ」と感はどこからこの世界を見ているのかという「視点」にも影響を与えている気がする。例えば物語は主人公の「勇気」の目線で描かれているはずなのに、なぜかそれよりも強く上位の視点・存在を感じてしまいドキッとしてしまう。テーマとして大いなる自然を相手にしているからなのか、それともこの作家の為せる技なのか、どこか「勇気」の親にでもなった気分で、寄ったり引いたりを繰り返しながら、吸い付くように一気に読んでしまったのだった。

自然の厳しさや恐ろしさを知った上で、どのように山と向き合い、付き合ってきたのか、村の風習やそれにまつわる不思議な逸話など、物語の奥行きは想像以上に深く広がっている。都会らしさから切り離されて、ゆっくりとその山の一部となっていく「勇気」くんに優しい拍手を送りつつ、今ある自分が何をすべきか、ちょっとだけヒントをもらったようなそんな印象である。

漫画 16

モディリアーニにお願い

相澤いくえ

絵に描いたようなロックスター的人生を35歳という若さで終わらせた伝説の画家・彫刻家モディリアーニ、その名を表題に付けて送る若き美大生3人の希望と苦悩に満ちた青春譚。全4巻。

「バカでも入れる小さな美大」を舞台に個性の違う3人の若者たちがそれぞれの思う「芸術」を模索していく。創作とはなんだろう、才能とはなんだろう、モノつくりに従事する人間には至上の命題、人生すら巻き込む根源的な問いに足掻いていく様を描く。ただしその見せ方には叫びたくなるほどのどうにもならない苦悩だとか、それでも突き放さず寄り添うような優しさに溢れていて、いやー、これは絶対実体験も混ざっているよなと思ったら、なんと現役の美大生が描いていたという、そういうお話。

何だか無性に「分からなくなる」瞬間、青春時代にあったであろう前の見えない恐れだとか不安のようなものを一層深みにハマってしまいそうな美大という「創作」現場に落とし込んで、(誤解を恐れずに言えば)より生々しくそしてより痛々しい強烈な苦悩を見せ付けてくる。ただこうした作り手の苦悩は勿論若さゆえのものではなくて、幾つになっても付きまとう宿命みたいなものなのだが…。

多少なりともクリエイティブな現場にいるのであればこの作品の持っているテーマは痛いほどよく分かると思う。そしてきっと、あの頃の正負問わないエネルギーのようなものを感じ取って何か新しいことの契機にするには最適の作品だと感じています。

漫画 15

ひとりぼっちの地球侵略

小川麻衣子

高校生になったばかりの「広瀬岬一(こういち)」は変わり者の先輩「大島翠」から「二人で一緒にこの星を征服しましょう」と告げられる。通っている学校の、住んでいる街の事件はいつしか宇宙全体を巻き込む壮大なストーリーへと発展していく。全15巻。

もはや「王道」というものが何なのかよく分からなくなってしまった。努力・勇気・根性(並びはこれで合ってるのかな)だとかもうね、という。それでもこの作品は世の少年が心弾ませるような英雄譚ではない気がする。女の子との恋愛コメディ的な要素もほぼないし、妙に凝った設定を解説することもない。ではこの作品の魅力とは何なのかと考えれば、可愛らしいのに何処か哀愁さえ感じさせる絵柄と間の取り方が絶妙な隙のないストーリー運びにあるのではないか。つまり妙に洗練されているのだ。結果「少年はそして青年となる」というフレーズがしっくりくる大人な終幕を迎える。これは僕の知っている少年漫画とは言い難い。ベクトルの違う、良くデザインされたオシャレな漫画なのである。

少年誌系の漫画を読むことはもうほとんどない。それでもどうやら後学のため、読み続けることによって見えてくる何か(少年の心とでもいうような)に期待しているフシがあるらしい。

小説 15

黄色い目の魚

佐藤多佳子

絵を「見る」ことが好きな女子高生の「みのり」と絵を「描く」ことが好きな同級生「木島」の仄明るい青春模様。

馴染めないクラスメイト、授業中の彼のあまりにも上手い落書き、放課後の美術室、それぞれの家庭、そして彼女が世界で一番好きな場所という叔父「通ちゃん」のアトリエ。それぞれのキャラクターにそっと寄り添いながら、その頃の少年少女が持つ特有の複雑さを丁寧に描いている。そう、何というかもうどうにも形容しがたい優しさだとか暖かさに満ちているのだ。これは僕個人が思うこの作家特有の描き方でもあるし、次も読みたいと思わせる魅力のひとつでもある。きっと視点の切り替えにある文章の妙というのも大いに影響しているだろうし、さらに言えば彼らの側に自然に立てるようなそういう書き方というのは、特に青春時代の複雑さを表現する上でこれ以上ない技法のひとつとさえ思える。

大きな事件があるわけでもないし、世の中に絶望するような激しい感情もない、誰かの視線は気になるが一生懸命はただただ格好悪い。目の前の事象を重ねていくうちにそれぞれがちょっぴり成長するようなそういう青春。でも多分それが正解。

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小説 14

ネバーランド

恩田陸

冬休みを迎えた男子校の学生寮で、帰省せず居残りを決めた4人の少年たちのそれぞれを描く青春小説。

彼らが抱える問題と巻き起こる事件、明かされる秘密。後書きで作家自身が萩尾望都の「トーマの心臓」をやりたかったと述懐している通り、あの時分の少年が持つ特有の表裏のようなもの、そんなものを逆に溌剌としたキャラクターたちに託して実に爽やかな青春学園ものに仕上がっていると感じた。

寮という閉鎖的な空間で、それでも4人しかいないというシチュエーションがもう既にミステリーの舞台としては申し分ないし、彼らがなぜ帰省せず、残らなければならなかったのか、彼らにどんな事情があったのか、それを知りたいと思わせる登場人物たちの個性があるのだ。しかも季節は冬。春でも夏でもないこの季節特有の雰囲気も相俟って舞台がより際立つような、そんな仕掛けに満ちている。前述の後書きにもある通り、作家自身この作品に対する思いは様々あるようで確かに仰る通り後の作品のベースになったようなそんな感じだ。

ちなみに萩尾望都の「トーマの心臓」は僕が学生の頃に読んで当時頭が破裂するほどの衝撃を受けた作品のひとつだということを補足しておきます。

漫画 12

茄子

黒田硫黄

スタジオジブリの映画「茄子・アンダルシアの夏(2003)」や続編「茄子・スーツケースの渡り鳥(2007)」をご覧になった方は多いと思うが、と同時に「茄子?」なんで「茄子?」と思った方もかなりの数いると思う。そしてそれらの奇妙な自転車ムービーに原作の漫画があったことを知っている方は意外にもあんまりいないんじゃないかなぁと感じている。全3巻。

黒田硫黄と言えば、絵筆を用いたまるで版画のような独特な絵柄でお馴染みだが、茄子という黒くて丸っこいあの造形物を描くにはもうもってこいなんじゃなかろうか、いやそんなことはどうでもいい、とにかくなぜ茄子なのか、茄子に纏わる、およそ茄子とは何の関係のない筋書きにさえ、強引に茄子をあてがう、茄子がなければ死んでしまう、そうして出来上がったこのお話は立派に全編「茄子による茄子のための茄子の物語」になっている。不思議なことに。

かなり前の話だがあの大友克洋のインタビューを読んだ時に漫画家のうちで自転車が流行していて云々という件があったので、もしかしたら短編アンダルシアの夏はその話と因果関係があるのかもしれない。だけどやっぱり茄子なんだよな。
ちなみにそのジブリ映画も本作の構成をあますところなく踏襲しているのはリスペクトゆえだろうと思う。それに僕が買った第1巻の帯では宮崎駿カントクが「このおもしろさが判る奴は本物だ。」と仰っているので、多分僕は本物。

漫画 10

花もて語れ

片山ユキヲ

「言葉とは声から生まれたもの」こんな導入で始まる、伝える文化「朗読」をテーマにした引っ込み思案で声の小さい主人公「ハナ」ちゃんの成長を描いた物語。全13巻。

日本朗読文化協会の協力のもと「朗読」の技法やその意義もきちんと解説しつつ、どうすれば伝わるのか・どのように表現すべきかといった、作り手界隈には頭の痛い普遍的な課題についてもハッとするような閃きを与えてくれるバイブルのような本。正直に言うと、僕個人の考えでは一種の警句集のような立ち位置にある。

宮沢賢治や金子みすゞ、芥川龍之介などの文学作品を取り扱い、作家たちが紡いだ言葉の意図をどう読み解いていくのかも面白い。その上で登場人物たちの直面する問題に、あるいは自分自身の抱える問題に「ハナ」ちゃんが朗読でどう立ち向かっていくのか、「想いを伝える」というシンプルな見せ方にグッと深みの増した答えが乗っかっていく筋書きはこの物語ならではと言えるだろう。

小説 6

明るい夜に出かけて

佐藤多佳子

ある事件がきっかけで心を患い、大学を休学してコンビニでアルバイトすることになった主人公の再生と成長の物語。

バイト仲間の先輩と客としてやってくる小動物のような女の子との交流を経て、自身の過去と向き合えるようになっていく。ネット、生配信、そしてラジオ。この物語では新旧のメディアが入り乱れつつも、「顔の見えない声」や「本名ではないハンドルネーム」が暗がりの中の街の明かりのようなポツポツとした力強さを持って物語を前へ前へと進めていく。

ネットもラジオも目に見える繋がりは皆無なのに、どういうわけか誰よりも深く繋がれると信じている一方、現実の繋がりは目に見えない壁に囲まれていてどうにも出来ない。絶望の上にやってくる優しさだとか暖かさだとか、軽々しく言えることではないのだが、この対比と一体化がこの物語の軸になっていると思う。

なお、作中に登場するラジオ番組は実在する本物の番組で、パーソナリティも本人たちがそのまま登場(?)する。

漫画 5

岡崎に捧ぐ

山本さほ

とぼけたようなコミカルな絵柄で描かれる笑いあり涙ありの自伝的物語。全5巻。

小学4年生からの20年間をエキセントリックな唯一無二の親友「岡崎さん」との関係を軸に語られる、言うなれば平成版「ちびまるこちゃん」なんだと思う。主人公の「山本さん」はオタクに抵抗があるくせにその実オタク気質で、幼いながらも常識人としての立ち居振る舞いを信条としながら、異質な親友「岡崎さん」に喜んで翻弄されていく。言うなれば「山本さん」はツッコミで「岡崎さん」はボケであり、この点においては「ちびまるこちゃん」とは真逆の展開になっている。しかし、だからこそ同世代或いはそれ以上の大人たちにも受け入れやすい構成になっているのではないだろうか。

実のところ、彼女彼らの世代であったような「たまごっち」も「プレイステーション」もほとんど思い入れがないので歯痒さすら感じてしまうのだが、世代がどうの時代がどうのという前に、誰もが持っている思い出の「ボケ」を呼び覚ますには最良の一冊だと思います。

漫画 2

イエスタデイをうたって

冬目景

コミックス第1巻が発刊されたのが1999年。最終巻である11巻は2015年、足掛け16年に渡って様々な意味で読者の気を揉み続けた大作(と言っていい)。後日譚や作家へのインタビューを載せた短編集「afterword」も含めて全12巻。

携帯電話もネットのやりとりも出てこない昭和のモラトリアムを味わえる。何も起きないし、何も始まらない、だがゆっくりと確実に掛かった時間以上の緩やかさで逡巡し葛藤する、それでも爆発するような激しさは勿論なく、どちらかと言えば下流の川の流れのようなそんな静けさ。おそらくこれが等身大というやつなんだと思う。

カラスを肩に乗せたハルというヒロインも決してエキセントリックなわけではない、もちろん「ああいたよねこういう娘」ということでもなく、何というか事も無げにただ在るというようなそういう感覚(或いは)描き方がこの物語では大事なポイント。

漫画 1

群青学舎

入江亜季

作家の入江亜季さんを知った初めての作品にして個人的な「好きな漫画作品10選」には絶対に入れたい不朽の名作。人間もいれば妖怪も化け物もいる、魔法使いもいればヤンキーも委員長もいる、様々な時代の様々な種類の学校(学園)を舞台に繰り広げられる日常と非日常の物語。全4巻。

どういうわけかこの作家の作品には数ある現代の作品の中でもズバ抜けて「手塚治虫」らしさを感じる。偉大な神から連綿と続いている漫画史においてもきっと真っ当な正統派の部類に入るんじゃなかろうか。もちろん絵作りの方法論などは記号では語れない細かさが十二分にあり、内容に沿った繊細で緻密なペン捌きを堪能できるし、コマ割りの具合も絶妙なのだが、どうにも古き良き漫画の体を見事に継いでくれているという感動の方が勝ってニヤリとしてしまう。