皐月文庫

離島

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最終更新日2020年12月1日
小説 28

明日の僕に風が吹く

乾ルカ

医者の家系に生まれついた「有人」は、幼い時に見た機内での叔父の姿に憧れてやはり医学の道を志す。しかし思い描いた医者への道は中学二年の晩夏に起こったクラスメイトの「道下」さんに纏わる事件によって自ら閉ざしてしまうのだった。そうして長い期間引きこもりとなった有人に優しく問い掛ける憧れの叔父。いつしかその叔父の手によって北海道の離島まで連れ出されることになる。これは取り返しのつかない失敗に苛まれた主人公の未来を取り戻す長い長い再生の物語だ。

この前に読了した同作家の「夏光る」は一言で言ってしまえば怪異譚ではあったが、その創造性あるいは空想的な広がりにおいて独特な味わいがあったように思う。実に美しい作品だった。翻って本作は極めてスタンダードでまたオーソドックスな作品だと思う。挫折からの再生という「青春もの」の王道を貫いているし、何より「ここではない何処か」への道筋を東京から北海道の、それも離島という格別な場所に導いていくことからも、作家本人が仕掛けたこのジャンルへの真っ向勝負ではと勘繰ってしまうほどだ。ここで語られている幾つかの伏線もまた結局は本筋を奮い立たせるためのスパイスに終始する。これをどう感じるかは読者次第だと思うが「夏光る」とは明らかに異なる文章・文体に戸惑う方もいるだろう。

いわゆるアナフィラキシー(アレルギー)の命に関わるような症状やその状態、あるいは物語の大勢を占める「離島医療」の問題、距離感はあっても誰かの日常には違いのない事象について、突きつけるような使命感めいたものをヒシヒシと感じてしまう。そうした雑味のないストレートなひたむきさを味わうには本作は打って付けではないだろうか。僕らの日常はそんなふうに切り取られていくものだときっと感じ入るに違いないし、そういう純粋さもまた物語の魅力なのだと再確認出来ると思う。