皐月文庫

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最終更新日2020年8月12日
小説 10

夏光

乾ルカ

夏光と書いて「なつひかり」という「め・くち・みみ」の第一部3編と「は・みみ・はな」の第二部3編からなる短編集。

紹介されたジャンルとしてはホラーということなのだが、より仔細に言えば怪異譚というようなニュアンスが一番近いと思う。第一部第二部とも表題の通り身体の部位をテーマにした短編が全部で6編。時代も風景も登場人物の事情もバラバラだが、希望や願望あるいは欲望といった抗うことの出来ない情をもって、さらにその先へと一歩踏み込んでしまった者たちの顛末を描く。

ただしこの6編それぞれに流れるトーンは多様で、不気味さ、薄気味悪さもあれば切なさやある種の優しさもあるところが面白い。それぞれの立場や思惑は違っても、回りくどい構成にはせず視覚や味覚あるいは嗅覚など、本能に繋がる部分へ直接訴えるようなそういう仕組みになっている。この仕掛けこそ本作の要点でもあるし、一筋縄ではいかない恐ろしさを見せつけてくる所以だと思うのです。

漫画 9

ひきだしにテラリウム

九井諒子

現在各方面で話題の「ダンジョン飯」の作家がそれ以前に上梓した短編集3作のうちの1冊。珠玉の全33編、全1巻。

「ダンジョン飯」で見られるアイデアの源泉をそこかしかに垣間見ることが出来るまさにクリエイティブな表現の宝庫といっていい。ありとあらゆるジャンルを絶妙な構成でズラしていく、知的な妙というか、作家の思考実験というか、日常の気付きからなるそういう類の「遊び」をよくもまあこれだけ揃えたなと感心してしまった。いや作家にとって観察というのは極めて大事なんだなぁと。

絵だけでなく、文章だけでも成立しない、これはもうまさに漫画でしか出来ない表現のひとつだと思うし、それらひとつひとつの作品を無駄に肉付けせずシンプルな構成に落とし込んでいることも、分かりやすく「遊び」に付き合える要因だろうと思う。

もういちいち楽しい短編集なんだけれど、いくつかある短編のうち「旅行へ行きたい」で僕は腰を抜かすほど大笑いし、そのままもつれて椅子から転げ落ち足首を捻るという残念な事件を起こしたことがある。つまりはそういう作品です。

小説 9

となり町戦争

三崎亜記

アパートの郵便受けに入っていた「となり町との戦争のお知らせ」、開戦の日を迎えても町内はいつもと変わらない。だがある日あった町内広報誌には転出・転入・出生に加えて「戦死者」の数が示されていた…。

こんな導入で始まる主人公の住む舞坂町と「となり町」との見えない戦争を描いた物語。恐ろしいほどの空虚さの中で、徐々に現実味を帯びてくる戦争という状況。見えない恐怖に巻き込まれていく異様な様を緊張感を持って体感することができる一冊。なぜ戦争なのか、なぜ戦死者が出るのか、そういうミステリアスなテーマはもちろんのことだが、何より荒唐無稽なSFでもファンタジーでもない実社会と同様の世界観で描かれていることに注目したい。

もし明日郵便受けに出し抜けに「戦争のお知らせ」が入っていたら…。

漫画 8

惑星クローゼット

つばな

夢と現実の境界が曖昧になってくると、当然のことながらファンタジックで素敵な世界が広がるのかと思いきや、それはもう異形の生物が跋扈する不気味な世界への扉でしかなかった、的なSFチックなホラーテイストのある奇妙な物語。全4巻。

この作者の前作「第七女子会彷徨」もそれはもう奇妙な物語だったが、今作はまさにストレートな異形のお話なのである。読んでいる最中に思い出したのは偉大なる大漫画家楳図かずおの「漂流教室」、当然その系譜に則ってギョッとする展開やキャラクターが多数登場する。何と言うかこの可愛らしい絵柄におよそ相応しくない不気味な物体が平然と次のコマや次のページに現れるのだ。

さて第1巻の帯には「百合×SFサバイバル」との謳い文句があるが最終巻まで読めばそれが実際はどういうことなのか判明する。長くもなく短くもない程よい巻数で奇妙でユニークな、そして切なく優しい世界を味わうには最良の一冊だと思います。

著者
出版社
漫画 7

千年万年りんごの子

田中相

青森県は昭和中期の弘前市を舞台に、リンゴ農家に婿入りすることになった捨て子の「雪」くんと天真爛漫なリンゴの娘「朝日」さんの切ない夫婦の物語。全3巻。

図らずも村の禁忌を破ってしまった彼らの顛末を描いているのだが、風俗や伝説、オカルトめいたファンタジックな展開がどうだとか民俗学的なアプローチがどうだとか、そういう感想は正直野暮な気がする。捨て子の彼と大家族に生まれた彼女がグラデーションのように絆を深めていく愛のお話であるし、抗うことのできない壁にどう立ち向かっていったのか、という普遍的な生き方のお話でもある。

この物語の終盤、正直に告白すると感極まって涙が出てしまったのは、それまでの積み重ねに二人のドラマの終着点をきちんと読み取れたからであり、あるいはクライマックスまで間延びすることなく二人の情に寄り添うことができたからだと思う。これが初連載作品だとは本当に思えない。

小説 8

本にだって雄と雌があります

小田雅久仁

失礼ながらこんなふざけた表題で目を惹かないわけがない。しかしその実「本の位置を変えてはならない」という亡き父の遺言を破った主人公が遭遇する驚愕の光景と、そこから始まるミステリアスでユニークであらゆるジャンルが綯い交ぜになった壮大な冒険物なのである。

この物語に掛かれば偉人も日本語を喋るコミカルなただのおっさんと化すくらいのスケール感。とにかくもう夢中になって一気に読んでしまった。期せずして「少年の心を取り戻しちゃった…」という具合である。

この作品に登場するおびただしい知識量は、ちょうど図書館の本棚の端から端までを一緒くたにしたような、つまり本棚数個分の物語を破綻させずにひとつにまとめました的な印象。まさに本棚本。印象に残ったのはそういうカオスな物語であるにも関わらず、読んでいる最中にはその映像が鮮明に思い浮かぶこと。

もし自分が中学か高校の国語の教師だったら、夏休みの課題図書は間違いなくこの本にするつもりです。

小説 7

彗星物語

宮本輝

どうしてこの作家はこんなにも美しい文章が書けるのだろう。言葉の選び方、構成、内容そのものに至るまで一級の芸術品のような流麗な響きに満ちている。

大家族の城田家にハンガリーから留学生としてやってきた青年ポラール、フックという名前の犬一匹が織りなす「ファミリー」の物語。まだハンガリーが民主化する以前、社会主義国だった頃のお話だ。総勢12人という大家族の元に、遠い異国からやってきた異質の存在が混ざることで家族の絆がどう揺れ動くのか、そういう仕組みになっている。もちろんポラール青年の目だけを通して、ということではなく、総勢13人(時には迷犬フック)も含めてそれぞれの目線で家族が描かれているのだが、彼ら彼女らの思惑を第三者目線で味わえる読者の贅沢さと言ったらない、それぞれの事件とそれぞれの思惑とがぶつかり合うような「繋がり」(今となってはもう懐かしささえ感じるような)をこれでもかと感じて欲しい。

しかしそれにしてもこのお話に関西弁はずるいなぁと思う。いや関西弁だけじゃなくて方言全般、もう本当にずるい。

漫画 6

ハナヨメ未満

ウラモトユウコ

お見合いパーティーで知り合った相手と即断即決の勢いで婚約したが、挨拶する前に突然亡くなった義父の葬儀でただ一人瀬戸内海の小さな島へ。人口たったの400人、その島(塩島)を舞台に繰り広げられるドタバタ劇。全3巻。

主人公は東京で働くウェブデザイナーのOL。それに加えて、どうしても島に帰りたくない婚約者の「彼」と個性的な島の面々、そして怪しげな裏世界の住人たち、コメディはやはりキャラが立っていないと面白くない。そしてセリフにある種のセンスがないとスベってしまう。ツッコミの切れ味も重要だと思うのだが、とにかくこの物語の秀逸な点はそれら全てで肩肘張らない程度に実に小気味好いバランス感覚で構成されているところだと思う。「熱量」の問題ではなく、何と言うか「間」の問題なのだ。個人的にはコメディが書ける描ける人というのは頭のいい人だという認識があって、そういう意味でも期待を裏切らないセンスを堪能出来る。それに何より個人的にはこの絵柄がツボ。

小説 6

明るい夜に出かけて

佐藤多佳子

ある事件がきっかけで心を患い、大学を休学してコンビニでアルバイトすることになった主人公の再生と成長の物語。

バイト仲間の先輩と客としてやってくる小動物のような女の子との交流を経て、自身の過去と向き合えるようになっていく。ネット、生配信、そしてラジオ。この物語では新旧のメディアが入り乱れつつも、「顔の見えない声」や「本名ではないハンドルネーム」が暗がりの中の街の明かりのようなポツポツとした力強さを持って物語を前へ前へと進めていく。

ネットもラジオも目に見える繋がりは皆無なのに、どういうわけか誰よりも深く繋がれると信じている一方、現実の繋がりは目に見えない壁に囲まれていてどうにも出来ない。絶望の上にやってくる優しさだとか暖かさだとか、軽々しく言えることではないのだが、この対比と一体化がこの物語の軸になっていると思う。

なお、作中に登場するラジオ番組は実在する本物の番組で、パーソナリティも本人たちがそのまま登場(?)する。

その他 1

世界不思議百科

コリン・ウィルソン

まず最初に本書には「世界不思議百科(新装版含む)」と「世界不思議百科・総集編」の2編があり、それぞれで内容が異なる。前者は幽霊や超能力に超自然、ネッシーやUFOなどよりオカルティックな話題、後者はアーサー王やグローゼル文明など今でいう「都市伝説」が中心となっている。ただしいずれもその構成や解説の仕方に違いはないので本稿ではまとめて記すこととした。

まず本書の流れとしては以下の通りである。事件や事象など起こったことの事実を端的にまとめる。当時の新聞記事や目撃者の証言など、ありのままを伝えて、次にそれらの事実に対してどのような解釈があったのか、こちらも尾ひれを付けずに紹介する。その上でその言葉や説明の矛盾、誤りを論理的・理知的に指摘していく。例えば猿から人へ進化する間の証拠が未だに見つかっていない謎「ミッシングリンク」の章では「猿は集団で狩りをすることによって脳の容量を増し人間となった」とする言説に「集団で狩りをする狼は以前として狼のままである」と反論する。そんな具合である。結論を出すというより、真実は何かといった点に注力し、過去の様々な文献を引用しつつ、冷静に論じようとしているところは僕のような「懐疑派」であっても十分に好感の持てる構成になっている。

ただ単に「眉唾」だとか「ありえない」というふうでもなく、「真実だ」「それは存在している」と声高に主張するわけでもない。「悪魔の証明」という言葉が指し示す論理的破綻、一方で「科学は万能でもないし、すべてではない」とする立場をもって「現在の人類の叡智では到底説明できないことを無理に解釈しようとするから矛盾が起きる」だけなのだ。

本書はそんなオカルト的四方山話を一種の学問として捉え、紹介・評論する未曾有の資料集だ。そしていつの日か「心霊現象のすべてはこの数式で説明できる」という時のため、この書籍の果たす役割は想像以上に大きいのだと確信している。

漫画 5

岡崎に捧ぐ

山本さほ

とぼけたようなコミカルな絵柄で描かれる笑いあり涙ありの自伝的物語。全5巻。

小学4年生からの20年間をエキセントリックな唯一無二の親友「岡崎さん」との関係を軸に語られる、言うなれば平成版「ちびまるこちゃん」なんだと思う。主人公の「山本さん」はオタクに抵抗があるくせにその実オタク気質で、幼いながらも常識人としての立ち居振る舞いを信条としながら、異質な親友「岡崎さん」に喜んで翻弄されていく。言うなれば「山本さん」はツッコミで「岡崎さん」はボケであり、この点においては「ちびまるこちゃん」とは真逆の展開になっている。しかし、だからこそ同世代或いはそれ以上の大人たちにも受け入れやすい構成になっているのではないだろうか。

実のところ、彼女彼らの世代であったような「たまごっち」も「プレイステーション」もほとんど思い入れがないので歯痒さすら感じてしまうのだが、世代がどうの時代がどうのという前に、誰もが持っている思い出の「ボケ」を呼び覚ますには最良の一冊だと思います。

漫画 4

プリンセスメゾン

池辺葵

居酒屋チェーンで働く沼越さんの「家」を買うためのお話。全6巻。居酒屋の同僚、モデルルームのスタッフ、その関係者、手の届く距離のごくごく小さな範囲で繰り広げられる「居場所」の物語。

まったく唐突に「幸せ」って何だろうと思う。ふと思いついた夢だとか希望のような小さくても前向きな思いを詰め込んだようなそういう感覚こそ、この物語の大きなテーマのように感じる。そう別に小さくてもいいのだ。この作品の中の登場人物たちは誰もがその小さな幸せを大きなテーマとして抱えている。悩みもするし、失敗もする、誰もが日々出会うような小さな岐路に逡巡する、そういう様子がとにかく愛おしい。そうとにかく愛おしいのです。