皐月文庫

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最終更新日2020年8月12日
小説 8

本にだって雄と雌があります

小田雅久仁

失礼ながらこんなふざけた表題で目を惹かないわけがない。しかしその実「本の位置を変えてはならない」という亡き父の遺言を破った主人公が遭遇する驚愕の光景と、そこから始まるミステリアスでユニークであらゆるジャンルが綯い交ぜになった壮大な冒険物なのである。

この物語に掛かれば偉人も日本語を喋るコミカルなただのおっさんと化すくらいのスケール感。とにかくもう夢中になって一気に読んでしまった。期せずして「少年の心を取り戻しちゃった…」という具合である。

この作品に登場するおびただしい知識量は、ちょうど図書館の本棚の端から端までを一緒くたにしたような、つまり本棚数個分の物語を破綻させずにひとつにまとめました的な印象。まさに本棚本。印象に残ったのはそういうカオスな物語であるにも関わらず、読んでいる最中にはその映像が鮮明に思い浮かぶこと。

もし自分が中学か高校の国語の教師だったら、夏休みの課題図書は間違いなくこの本にするつもりです。

小説 7

彗星物語

宮本輝

どうしてこの作家はこんなにも美しい文章が書けるのだろう。言葉の選び方、構成、内容そのものに至るまで一級の芸術品のような流麗な響きに満ちている。

大家族の城田家にハンガリーから留学生としてやってきた青年ポラール、フックという名前の犬一匹が織りなす「ファミリー」の物語。まだハンガリーが民主化する以前、社会主義国だった頃のお話だ。総勢12人という大家族の元に、遠い異国からやってきた異質の存在が混ざることで家族の絆がどう揺れ動くのか、そういう仕組みになっている。もちろんポラール青年の目だけを通して、ということではなく、総勢13人(時には迷犬フック)も含めてそれぞれの目線で家族が描かれているのだが、彼ら彼女らの思惑を第三者目線で味わえる読者の贅沢さと言ったらない、それぞれの事件とそれぞれの思惑とがぶつかり合うような「繋がり」(今となってはもう懐かしささえ感じるような)をこれでもかと感じて欲しい。

しかしそれにしてもこのお話に関西弁はずるいなぁと思う。いや関西弁だけじゃなくて方言全般、もう本当にずるい。

漫画 6

ハナヨメ未満

ウラモトユウコ

お見合いパーティーで知り合った相手と即断即決の勢いで婚約したが、挨拶する前に突然亡くなった義父の葬儀でただ一人瀬戸内海の小さな島へ。人口たったの400人、その島(塩島)を舞台に繰り広げられるドタバタ劇。全3巻。

主人公は東京で働くウェブデザイナーのOL。それに加えて、どうしても島に帰りたくない婚約者の「彼」と個性的な島の面々、そして怪しげな裏世界の住人たち、コメディはやはりキャラが立っていないと面白くない。そしてセリフにある種のセンスがないとスベってしまう。ツッコミの切れ味も重要だと思うのだが、とにかくこの物語の秀逸な点はそれら全てで肩肘張らない程度に実に小気味好いバランス感覚で構成されているところだと思う。「熱量」の問題ではなく、何と言うか「間」の問題なのだ。個人的にはコメディが書ける描ける人というのは頭のいい人だという認識があって、そういう意味でも期待を裏切らないセンスを堪能出来る。それに何より個人的にはこの絵柄がツボ。

小説 6

明るい夜に出かけて

佐藤多佳子

ある事件がきっかけで心を患い、大学を休学してコンビニでアルバイトすることになった主人公の再生と成長の物語。

バイト仲間の先輩と客としてやってくる小動物のような女の子との交流を経て、自身の過去と向き合えるようになっていく。ネット、生配信、そしてラジオ。この物語では新旧のメディアが入り乱れつつも、「顔の見えない声」や「本名ではないハンドルネーム」が暗がりの中の街の明かりのようなポツポツとした力強さを持って物語を前へ前へと進めていく。

ネットもラジオも目に見える繋がりは皆無なのに、どういうわけか誰よりも深く繋がれると信じている一方、現実の繋がりは目に見えない壁に囲まれていてどうにも出来ない。絶望の上にやってくる優しさだとか暖かさだとか、軽々しく言えることではないのだが、この対比と一体化がこの物語の軸になっていると思う。

なお、作中に登場するラジオ番組は実在する本物の番組で、パーソナリティも本人たちがそのまま登場(?)する。

その他 1

世界不思議百科

コリン・ウィルソン

まず最初に本書には「世界不思議百科(新装版含む)」と「世界不思議百科・総集編」の2編があり、それぞれで内容が異なる。前者は幽霊や超能力に超自然、ネッシーやUFOなどよりオカルティックな話題、後者はアーサー王やグローゼル文明など今でいう「都市伝説」が中心となっている。ただしいずれもその構成や解説の仕方に違いはないので本稿ではまとめて記すこととした。

まず本書の流れとしては以下の通りである。事件や事象など起こったことの事実を端的にまとめる。当時の新聞記事や目撃者の証言など、ありのままを伝えて、次にそれらの事実に対してどのような解釈があったのか、こちらも尾ひれを付けずに紹介する。その上でその言葉や説明の矛盾、誤りを論理的・理知的に指摘していく。例えば猿から人へ進化する間の証拠が未だに見つかっていない謎「ミッシングリンク」の章では「猿は集団で狩りをすることによって脳の容量を増し人間となった」とする言説に「集団で狩りをする狼は以前として狼のままである」と反論する。そんな具合である。結論を出すというより、真実は何かといった点に注力し、過去の様々な文献を引用しつつ、冷静に論じようとしているところは僕のような「懐疑派」であっても十分に好感の持てる構成になっている。

ただ単に「眉唾」だとか「ありえない」というふうでもなく、「真実だ」「それは存在している」と声高に主張するわけでもない。「悪魔の証明」という言葉が指し示す論理的破綻、一方で「科学は万能でもないし、すべてではない」とする立場をもって「現在の人類の叡智では到底説明できないことを無理に解釈しようとするから矛盾が起きる」だけなのだ。

本書はそんなオカルト的四方山話を一種の学問として捉え、紹介・評論する未曾有の資料集だ。そしていつの日か「心霊現象のすべてはこの数式で説明できる」という時のため、この書籍の果たす役割は想像以上に大きいのだと確信している。

漫画 5

岡崎に捧ぐ

山本さほ

とぼけたようなコミカルな絵柄で描かれる笑いあり涙ありの自伝的物語。全5巻。

小学4年生からの20年間をエキセントリックな唯一無二の親友「岡崎さん」との関係を軸に語られる、言うなれば平成版「ちびまるこちゃん」なんだと思う。主人公の「山本さん」はオタクに抵抗があるくせにその実オタク気質で、幼いながらも常識人としての立ち居振る舞いを信条としながら、異質な親友「岡崎さん」に喜んで翻弄されていく。言うなれば「山本さん」はツッコミで「岡崎さん」はボケであり、この点においては「ちびまるこちゃん」とは真逆の展開になっている。しかし、だからこそ同世代或いはそれ以上の大人たちにも受け入れやすい構成になっているのではないだろうか。

実のところ、彼女彼らの世代であったような「たまごっち」も「プレイステーション」もほとんど思い入れがないので歯痒さすら感じてしまうのだが、世代がどうの時代がどうのという前に、誰もが持っている思い出の「ボケ」を呼び覚ますには最良の一冊だと思います。

漫画 4

プリンセスメゾン

池辺葵

居酒屋チェーンで働く沼越さんの「家」を買うためのお話。全6巻。居酒屋の同僚、モデルルームのスタッフ、その関係者、手の届く距離のごくごく小さな範囲で繰り広げられる「居場所」の物語。

まったく唐突に「幸せ」って何だろうと思う。ふと思いついた夢だとか希望のような小さくても前向きな思いを詰め込んだようなそういう感覚こそ、この物語の大きなテーマのように感じる。そう別に小さくてもいいのだ。この作品の中の登場人物たちは誰もがその小さな幸せを大きなテーマとして抱えている。悩みもするし、失敗もする、誰もが日々出会うような小さな岐路に逡巡する、そういう様子がとにかく愛おしい。そうとにかく愛おしいのです。

小説 5

アサッテの人

諏訪哲史

群像新人文学賞と芥川賞をダブルで受賞。作者も書いているが小説による小説批判。物語すら壊してくる。「私」と読者とアサッテの人こと「私」の叔父と叔父の妻朋子さんの世界のお話。

哲学科出身の作者が綴る日常の中の宇宙とは、と言ったような一般人には至極どうでもいい学問を「いやいやどうでもよくない」と改めさせるに十分な問題作なのではないだろうか。メタフィクションの体をとりつつも、読み手と一体となって問題を捏ねくり回すこの物語には、他にはない緊張感があるのも事実。

「壊す」こと「分解する」ことについて創作のステップとしては正しいし、おそらく作り手の相当数が当たり前のこととして捉えていると思う。しかしその混み入った過程を論理的に示すことが、これほどの価値になるのかと作り手の多くはそう思うに違いない。そんなふうに真面目が過ぎたユーモアとそのズレを楽しみつつ、ニヤニヤとして一気に読んでしまったのだった。

小説 4

マレ・サカチのたったひとつの贈物

王城夕紀

「帰宅すると、彼女はいなくなっていた」自分の意思とは関係なく場所から場所へと一瞬に跳躍してしまう病、量子病に罹った女性の出会いと別れの物語。

腐り始めた資本主義社会が舞台の近未来SF小説でもある。量子力学の説明ではじまる第1節から148節まで、その言葉の選び方だとか文章自体の表現の美しさだとかは詩のようでもあるし、飽和する世界を飛び、出会い、気付き、そして真理に迫っていく純粋な成長譚でもある。

SFという括りではあるだろうし、そういった小道具やキーワードも多く使われているのだが、ともすればエンタメよりのファンタジックになりがちなSF的世界観ではなく良質なSF文学として大いに楽しめる作品だと思う。

小説 3

レプリカたちの夜

一條次郎

新潮ミステリー大賞を受賞したミステリーというよりミステリアスな大作。

一体どうしてこんなお話が出来たのか、ファンタジーでもありSFでもあり、そういったジャンルをすべて綯交ぜにしたような世界観。動物のレプリカ工場に努める主人公が絶滅したはずの生きたシロクマを目撃したところから物語が始まるのだが、まるでオーケストラを聴いているかのような盛り上げ方で不協和音も和音のひとつだと言わんばかりに進行していく。巻末にある膨大な参考文献リスト、科学・哲学・音楽に漫画、ジャンルもテーマもバラバラの何でもありの知識を作家というフィルターを通して、まったく新しい「知」を想像したまさにそのパターン。何があっても、何をやっても、それが現実的に或いは論理的に正しいかどうかなんて大した問題ではないのだ。

漫画 3

Spirit of Wonder

鶴田謙二

この作家の著作は他の作家に比べて圧倒的に少ない。この30年で10冊あるかどうかという状況において、(相当数いるとみている)マニアックでコアなファンの原初にしてバイブルのような短編集。デビュー作1編含む全12編全1巻。

「SFとはつまりロマンだ」を地でいくような甘くて優しい冒険譚を堪能できる一冊。水没した実家に潜水艇、エーテル気流理論、火星旅行、瞬間物質移動装置、そういったSF的ワードもこの世界では郷愁を誘うようなある種の美しさに満ちている。難しく考える必要もないし、言葉尻を捏ねくり回すこともない、それでもしっかりと冒険心や探究心をくすぐってくるような素直な物語たちなのだ。

ちなみにこの短編集に収録されている3編「チャイナさん」シリーズはその短い何十ページかでアニメ化までされている。

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漫画 2

イエスタデイをうたって

冬目景

コミックス第1巻が発刊されたのが1999年。最終巻である11巻は2015年、足掛け16年に渡って様々な意味で読者の気を揉み続けた大作(と言っていい)。後日譚や作家へのインタビューを載せた短編集「afterword」も含めて全12巻。

携帯電話もネットのやりとりも出てこない昭和のモラトリアムを味わえる。何も起きないし、何も始まらない、だがゆっくりと確実に掛かった時間以上の緩やかさで逡巡し葛藤する、それでも爆発するような激しさは勿論なく、どちらかと言えば下流の川の流れのようなそんな静けさ。おそらくこれが等身大というやつなんだと思う。

カラスを肩に乗せたハルというヒロインも決してエキセントリックなわけではない、もちろん「ああいたよねこういう娘」ということでもなく、何というか事も無げにただ在るというようなそういう感覚(或いは)描き方がこの物語では大事なポイント。