皐月文庫

漫画

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最終更新日2020年8月12日
漫画 18

ニュクスの角灯

高浜寛

1867年開花期の日本・長崎。触れた物の過去や未来の持ち主を透視してしまう「美世」さんは、掴み所のない店主「モモ」が営む道具屋「蠻(ばん)」の売り子として雇われることとなった。世はまさに「パリ万博」。日本のものであれば工芸・美術品だけでなく、ただの包み紙ですらヨーロッパでは高値で取引される商品となる、これはそんな特別な時代で描かれる彼女と彼女を取り巻く人間たちの一種の冒険譚だ。全6巻。

幕末から明治初期に掛けての文化文明の混沌さは、僕個人としてはもはやスチームパンク的な面白さとイコールだったりする。その上で本書は「閉ざされてきた日本の文化風習」と「最先端の欧州文明」、まさに水と油のようなものの出会い、その端緒を紐解く一種の歴史書、解説書のような作りになっているのだ。

勿論そうは言ってもしっかり人間ドラマとしての体裁は外していないし、「大浦慶」や「松尾儀助」など実在した歴史上の人物の登場も物語に奥行きを与えていると言っていい。ただ一言(誤解を恐れずに)付け加えるならば、この物語では「女性」が大変強く色濃く描かれており、時代背景を考慮すれば、この点こそ本作におけるもうひとつの重大なテーマのように感じられたのだが。

いずれにせよ、作家の熱意というか「この時代、この世界は面白い、だから伝えたい」という欲のようものを嫌味なく受け取れる骨太の作品だと思う。

著者
出版社
漫画 17

星の案内人

上村五十鈴

人気のない町外れの森の奥にひっそりと建つ「小宇宙」は「じいちゃん」がたった一人で作り上げた小さなプラネタリウム。観覧料はたったの100円。小さな「トキオ」くん、その叔母の「ふみ」さん、引き寄せられるようにプラネタリウムにやってくる悩めるたくさんの人々。何処までも真っ直ぐな「じいちゃん」と語られる星々の物語に彼らの心は癒されていく。全4巻。

ストレートな癒しだと思う。勿論「じいちゃん」の真っ直ぐなキャラクターに拠るところは大きいのだけれども、星々の、星座の、あるいは神話というスケールの大きさも相俟って「人間の悩みなんかあなたが感じるよりも小さいんですよ」的なポイントを突き上手いこと対比させている。人によっては説教くさいと感じるかもしれないし、当人にとって物事はそれほど単純ではないと思うかもしれない。そんな時やっぱり掛けた時間の年の功、「頑張らなくていい」「ありのままでいい」そんな「じいちゃん」の優しいエールに撫でられて、心地よく読み進めることが出来る。

プラネタリウムにハマる人、結構いると思います。星の話、星座の話、その壮大な物語に惹かれる人も多いんじゃないかな、子供の頃、あんなに見上げてたのに、気付けば足元ばかり見ているようなそんな方にはきっと良いヒラメキを与えてくれるザ・癒し系漫画。どうでしょうか。

漫画 16

たそがれたかこ

入江喜和

わけもなくフレンドリーな人が苦手なバツイチ45歳の「たかこ」さんは、挙動の怪しくなってきた自由な母とアパートに暮らしている。食堂のパート、母の世話、夕飯の買い出し、体力の衰え、不意に流れる涙、一人酒、etc…。そんな下り坂の人生で出会った怪しい男とラジオの声。45歳という(別の意味での)微妙なお年頃を描いた中年による中年のための物語。全10巻。

恋をしたっていいじゃないか、コラーゲンがいつの間にか増えてたっていいじゃないか、何かを始めるのに年齢なんか関係ねー、…同年代の彼ら彼女らに送るエール、と言ってしまえば一言で片付けられるのだが、この物語はそんなに生易しい筋書きではないし、「中年テンプレート」に必死に抗おうとするアレコレを描いているわけでもない。この物語の前後にも人生はあって、長い長い人生という時間の中年期を切り取ったようなそういう小市民的な悲喜交々を描いているに過ぎないのだ。だからこそ男女関係なく「たかこ」さんに寄り添える、そんなふうに思えて仕方がない。女性向けの漫画誌に掲載されていたとはいえ、同年代の「おっさん」にも間違いなく刺さるんじゃないかなぁ。

娘の「一花」ちゃんや別れた元旦那、そして気になる「向こう側」の彼二人など、ちょうどいい距離感、ちょうどいい時間の掛け方でゆっくりと波が立っていく。若者らしさはないかもしれないが、突き放すような老成感もない、このふわふわとした「黄昏時」を楽しむ最良の一冊として。

漫画 15

ひとりぼっちの地球侵略

小川麻衣子

高校生になったばかりの「広瀬岬一(こういち)」は変わり者の先輩「大島翠」から「二人で一緒にこの星を征服しましょう」と告げられる。通っている学校の、住んでいる街の事件はいつしか宇宙全体を巻き込む壮大なストーリーへと発展していく。全15巻。

もはや「王道」というものが何なのかよく分からなくなってしまった。努力・勇気・根性(並びはこれで合ってるのかな)だとかもうね、という。それでもこの作品は世の少年が心弾ませるような英雄譚ではない気がする。女の子との恋愛コメディ的な要素もほぼないし、妙に凝った設定を解説することもない。ではこの作品の魅力とは何なのかと考えれば、可愛らしいのに何処か哀愁さえ感じさせる絵柄と間の取り方が絶妙な隙のないストーリー運びにあるのではないか。つまり妙に洗練されているのだ。結果「少年はそして青年となる」というフレーズがしっくりくる大人な終幕を迎える。これは僕の知っている少年漫画とは言い難い。ベクトルの違う、良くデザインされたオシャレな漫画なのである。

少年誌系の漫画を読むことはもうほとんどない。それでもどうやら後学のため、読み続けることによって見えてくる何か(少年の心とでもいうような)に期待しているフシがあるらしい。

漫画 14

銃座のウルナ

伊図透

前線への軍務を志願した狙撃兵「ウルナ」は、女性ばかりが集められた最前線基地「リズル島」へ赴任する。この物語は異形の蛮族ヅードとの戦いを通じ、心身ともに傷を負ったウルナの生き様と戦争という狂乱の中で巻き起こる罪と罰とも言うべき愛のお話だ。全7巻。

すべてが架空のSFではあるが、多くの傑作作品と同様それは世界を彩るただの風景に過ぎない。全てが作家によって創造されたその世界で、人間のもしくは社会の残酷な本質を突こうとする。物語はウルナ個人のものであっても、むしろ彼女を取り巻く世界こそ綿密に描かれ、まるでヨーロッパのどこかの国で実際にあったかのようなそういう生々しさに溢れているのだ。しかしこれは少々月並みすぎる感想かもしれない。ただこの詳細な設定こそ本作の醍醐味のひとつであり、そして何故SFというジャンルで、またあれほどまでに異形の姿をした怪物をださなければならなかったのか、ここにこの物語の楽しみ方の一端があるように思う。

以前の作品も同様な異質さ、リアルさで賞歴もあるわけだが、これから先もずっと楽しみにしていきたい作家の一人。

漫画 13

魔女

五十嵐大介

この世界のあらゆる場所で、地球規模のあるいは宇宙全体の摂理として語ることの出来ない、大いなるものとの繋がりを紐解く魔女の存在、人間と自然といったほとんどの作品にある共通のテーマの原初のような物語6編。全2巻。

曖昧な描線にピントの合っていないような不安定な描写、かと思えば目を疑うほどの緻密さで描き込まれた得体の知れない造形と表現。波も雲も雨粒も、もっとミクロな細胞の世界でさえ、取り憑かれたような描き方を堪能できる。勿論単純な物語ではないのだが分かりにくさや難しさは感じられないだろう。逆に確固とした思想によって「これは伝えなければならない」というような作家の使命のようなものをほとんどストレートに受け取れる点で素直に「傑作」だと言えるのだと思う。

この作家について「BSマンガ夜話」では他の追随を許さないユニークさでほとんど稀代のアーティストのように大絶賛されたが、続く「漫勉」ではまるで職人のような佇まいで一人机に向かい、ただひたすらペンを走らせている姿が印象的だった。この時「女の子はとにかく可愛く書かないとダメなんです」という言葉も妙に印象的に残っているのだが、なんだかこのギャップもまた職人らしさに拍車を掛けてしまうような、そんな印象を持っている。

漫画 12

茄子

黒田硫黄

スタジオジブリの映画「茄子・アンダルシアの夏(2003)」や続編「茄子・スーツケースの渡り鳥(2007)」をご覧になった方は多いと思うが、と同時に「茄子?」なんで「茄子?」と思った方もかなりの数いると思う。そしてそれらの奇妙な自転車ムービーに原作の漫画があったことを知っている方は意外にもあんまりいないんじゃないかなぁと感じている。全3巻。

黒田硫黄と言えば、絵筆を用いたまるで版画のような独特な絵柄でお馴染みだが、茄子という黒くて丸っこいあの造形物を描くにはもうもってこいなんじゃなかろうか、いやそんなことはどうでもいい、とにかくなぜ茄子なのか、茄子に纏わる、およそ茄子とは何の関係のない筋書きにさえ、強引に茄子をあてがう、茄子がなければ死んでしまう、そうして出来上がったこのお話は立派に全編「茄子による茄子のための茄子の物語」になっている。不思議なことに。

かなり前の話だがあの大友克洋のインタビューを読んだ時に漫画家のうちで自転車が流行していて云々という件があったので、もしかしたら短編アンダルシアの夏はその話と因果関係があるのかもしれない。だけどやっぱり茄子なんだよな。
ちなみにそのジブリ映画も本作の構成をあますところなく踏襲しているのはリスペクトゆえだろうと思う。それに僕が買った第1巻の帯では宮崎駿カントクが「このおもしろさが判る奴は本物だ。」と仰っているので、多分僕は本物。

漫画 11

愛と呪い

ふみふみこ

自伝ではなく半自伝として、ただ第1巻の巻末にある作家自身の言葉を借りれば「どうしても描きたかった」狂気の世界、救いのない現実と見えない未来の狭間、実際に起こった社会問題を取り上げながら、破壊され苦しんでいく主人公「愛子」の半生を描いた衝撃の物語。全3巻。

率直に言ってしまえば、僕なんかはもう二度と読みたくない、そういう強さ。一言で「不幸」と片付けてしまえばどんなにも楽だろうか、そんなふうにも思ってしまう。性的虐待、誹謗中傷、自殺未遂、ここで語られる悪意についてはもはや言うべき言葉もないし、果たしてこれが本当に誰かの救済になるのかどうかも分からない。だが事実そうだとしても、この作品を描き上げ、そして世に問おうとしている作家の姿勢には本当に頭が下がる。作家自身の力強い咆哮のようなそういう物語なのだ。

人間とは何だろう、社会とは何だろう、などと普段まったく考えない僕ら一般人も、そういう哲学めいた命題に何がしかの答えを出したいと思うかもしれない。いやその結果こうであってほしいという願望でしかなかったとしても、それがまったく「正常」であることを認知して幾らかは安心出来るはずだ。

漫画 10

花もて語れ

片山ユキヲ

「言葉とは声から生まれたもの」こんな導入で始まる、伝える文化「朗読」をテーマにした引っ込み思案で声の小さい主人公「ハナ」ちゃんの成長を描いた物語。全13巻。

日本朗読文化協会の協力のもと「朗読」の技法やその意義もきちんと解説しつつ、どうすれば伝わるのか・どのように表現すべきかといった、作り手界隈には頭の痛い普遍的な課題についてもハッとするような閃きを与えてくれるバイブルのような本。正直に言うと、僕個人の考えでは一種の警句集のような立ち位置にある。

宮沢賢治や金子みすゞ、芥川龍之介などの文学作品を取り扱い、作家たちが紡いだ言葉の意図をどう読み解いていくのかも面白い。その上で登場人物たちの直面する問題に、あるいは自分自身の抱える問題に「ハナ」ちゃんが朗読でどう立ち向かっていくのか、「想いを伝える」というシンプルな見せ方にグッと深みの増した答えが乗っかっていく筋書きはこの物語ならではと言えるだろう。

漫画 9

ひきだしにテラリウム

九井諒子

現在各方面で話題の「ダンジョン飯」の作家がそれ以前に上梓した短編集3作のうちの1冊。珠玉の全33編、全1巻。

「ダンジョン飯」で見られるアイデアの源泉をそこかしかに垣間見ることが出来るまさにクリエイティブな表現の宝庫といっていい。ありとあらゆるジャンルを絶妙な構成でズラしていく、知的な妙というか、作家の思考実験というか、日常の気付きからなるそういう類の「遊び」をよくもまあこれだけ揃えたなと感心してしまった。いや作家にとって観察というのは極めて大事なんだなぁと。

絵だけでなく、文章だけでも成立しない、これはもうまさに漫画でしか出来ない表現のひとつだと思うし、それらひとつひとつの作品を無駄に肉付けせずシンプルな構成に落とし込んでいることも、分かりやすく「遊び」に付き合える要因だろうと思う。

もういちいち楽しい短編集なんだけれど、いくつかある短編のうち「旅行へ行きたい」で僕は腰を抜かすほど大笑いし、そのままもつれて椅子から転げ落ち足首を捻るという残念な事件を起こしたことがある。つまりはそういう作品です。

漫画 8

惑星クローゼット

つばな

夢と現実の境界が曖昧になってくると、当然のことながらファンタジックで素敵な世界が広がるのかと思いきや、それはもう異形の生物が跋扈する不気味な世界への扉でしかなかった、的なSFチックなホラーテイストのある奇妙な物語。全4巻。

この作者の前作「第七女子会彷徨」もそれはもう奇妙な物語だったが、今作はまさにストレートな異形のお話なのである。読んでいる最中に思い出したのは偉大なる大漫画家楳図かずおの「漂流教室」、当然その系譜に則ってギョッとする展開やキャラクターが多数登場する。何と言うかこの可愛らしい絵柄におよそ相応しくない不気味な物体が平然と次のコマや次のページに現れるのだ。

さて第1巻の帯には「百合×SFサバイバル」との謳い文句があるが最終巻まで読めばそれが実際はどういうことなのか判明する。長くもなく短くもない程よい巻数で奇妙でユニークな、そして切なく優しい世界を味わうには最良の一冊だと思います。

著者
出版社
漫画 7

千年万年りんごの子

田中相

青森県は昭和中期の弘前市を舞台に、リンゴ農家に婿入りすることになった捨て子の「雪」くんと天真爛漫なリンゴの娘「朝日」さんの切ない夫婦の物語。全3巻。

図らずも村の禁忌を破ってしまった彼らの顛末を描いているのだが、風俗や伝説、オカルトめいたファンタジックな展開がどうだとか民俗学的なアプローチがどうだとか、そういう感想は正直野暮な気がする。捨て子の彼と大家族に生まれた彼女がグラデーションのように絆を深めていく愛のお話であるし、抗うことのできない壁にどう立ち向かっていったのか、という普遍的な生き方のお話でもある。

この物語の終盤、正直に告白すると感極まって涙が出てしまったのは、それまでの積み重ねに二人のドラマの終着点をきちんと読み取れたからであり、あるいはクライマックスまで間延びすることなく二人の情に寄り添うことができたからだと思う。これが初連載作品だとは本当に思えない。