皐月文庫

離陸

管理番号776
最新(1週間以内)
最終更新日2022年6月4日
小説 30

離陸

絲山秋子

国交省からとあるダム現場に出向した「佐藤」は、ある夜外国人(屈強な黒人)の突然の訪問を受ける。佐藤の元恋人「乃緒(のお)」は奇妙な名前の息子をフランスに残して失踪しており、一緒に探し出してほしいと言う。なぜフランスなのか、その子の父親は誰なのか、そして彼女は今何処で何をしているのか。その瞬間から日本やフランスなどいくつかの国を跨いだ壮大でミステリアスな物語が幕を開けるのだった。

主人公である佐藤を軸としながら、彼自身と彼にまつわる「人生」にスポットライトを当てて、肝心なところはぼかしつつもその実痒いところに手が届くような繊細さで描写がなされている。例えば冒頭に描かれる山奥のダムに風景や飛び先でもあるフランスの街とその路地裏の描写など、必要最小限度の文体で「そこにいる感」を軽々と演出しているふうに思う。このある種の軽妙さは、主人公「佐藤」の性格あるいは心理状態と常にリンクしていて、まるで狂いのないメトロノームのように、スラスラと先んじてしまう心地よさがある。それはまさしくこの作家のセンスだと言えるのだが、そういう言葉では何とも説明のし難いセンス(敢えて魅力と言う)として、この作家ほど分かりやすい方はいないんじゃなかろうかとも感じるのだ。

失踪した女優「乃緒」を求めていく過程で不意に提示されるミステリアスな展開、SFかファンタジーか「これはそういう類のお話でしたっけ?」と読み手の中に現れる疑念。この仕掛けが実に面白い。この疑わしさの中、本質は決してブレずにただただ真っ直ぐ進んでいく。つまり表題の「離陸」の通り、この物語はその終盤まで長い長い滑走路を直進しているに過ぎないのだ。だからこそその答えに迷いがない。間違いがないとも言えるのだろうが、このあたりはボク自身ももっともっと読み込まないと確信には届かないだろうなと。そういう点でも読み応えのある作品だと思う次第だ。

内容を理解するには別の知識が必要か

特になし。

読み易さについて

突飛な事柄・展開に戸惑うかもしれないがそれがこの作家の真骨頂でもある。

誰にでもお薦めできる内容か

読む人を選ばず誰にでも楽しめる。今まさに足踏みをしているような方には刺さる内容だと思う。

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