皐月文庫

森絵都

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最終更新日2020年10月26日
小説 26

みかづき

森絵都

実家の問屋業が失敗し、若くして働くことになった「大島吾郎」は小学校の用務員職に就く。しばらくして勉強の出来ない子供たちの面倒を見るようになると、信念のような独自の考え方で子供たちを導き、いつしかそれは「大島教室」と呼ばれるほどの評判となった。この物語はその吾郎と彼に私塾運営を託した後の妻「千明」、連れ子を含む3人の娘たちに彼女らの孫の3世代にわたって学校と塾の官民含めた日本の戦後教育を紐解く壮大な大河ドラマに仕上がっている。

3代続く大島家は、それぞれの時代性、時代の風潮をその個性にしっかり反映させている。戦前に教育を受けた人間の教育に対する疑念あるいは理想に始まり、詰め込み教育と揶揄された世代、受験戦争、そしてゆとり世代と明治から続く教育の諸問題は昭和平成に至ってもなお、結局は時の潮流と切り離すことは出来ない。政治や経済に振り回されながら教育とはどうあるべきか、答えることが難しい数々の問いに大島家の面々は立ち向かっていく。

一方で主人公と呼べる存在は作中には表立って描かれない子供たち自身とも言える。そういう意味で言えば千葉県八千代台という新興住宅地を舞台にした点も同様に作中で描かれる世代交代は非常に興味深く読めた。単に「子供が大人になる」だけではなく「子が親になる」ことの意味も含めて、本作は共通する「教育の何たるか」を考える良いきっかけになるだろうと思う。

僕ら団塊ジュニア世代にとって学問とはライバルを蹴落とすための「手段」であったという感覚を否定することが出来ない。学力とは知識とは等と論じる前にその結果が試験の点数に結びついていることを嫌が応にも叩き込まれた口だ。受験戦争とはよく言ったもので、今この年になっても「教育」という言葉にあまり良い思い出がないのも事実であるし、何よりその結果の就職氷河期なのだから多感な十代の頃を無駄にしてしまったのではないかという無念ささえ拭えないでいる。そういう観点からでも本書の描く世界というのは実に興味深く、また実態の伴った生々しい感触を得られる貴重な資料だと言える。そしてその世代にある個人としてもこの物語が深く心に残ったことを付しておきたい。