バクちゃん
増村十七
遠いバクの星から東京メトロ(!?)で地球の日本にやってきた獏の「バクちゃん」の夢追い冒険物語。全2巻。よくデザインされた絵本のようなタッチ、ヒネリの加わった言葉遊びやパロディなど、独特なセンスを含めてあらゆるコマから作者の絵に対する拘りが見付けられるような熱く美しい物語に仕上がっている。そう、ここ最近読んだ物語の中でも熱量の高い作品のひとつだと思う。それは単にコマのひとつひとつに拘りを持って描いているだけではなく、このタッチにあってもなお現実の社会問題に真っ向から切り込んでいるからだ。
もはや草木すら夢を見ない貧困のバク星からやってきた「バクちゃん」は、電車内で溺れかけているところを名古屋からやってきた人間の「ハナちゃん」に助けられて、そのまま同じアパートに下宿することとなった。様々な宇宙人たちが溢れる社会でそれぞれがそれぞれの悩みを抱えて生きている中、永住権を手に入れるため奮闘する「バクちゃん」。うーん、こうして冒頭の圧倒的な自由さを文章に置き換えてしまうと途端に「なるほど、そういう話か」となってしまうこの残念さはなんだろう。このワクワク感が急に色褪せてしまって口惜しさすら感じてしまう。
ここで語られるテーマ、例えば「移民」の問題などはむしろ導入でしかなく、もっと根源的な「社会」や「人間」そのものに向けられており、「バクちゃん」が「夢」を食む獏であることの意味や意義とひとつに考えなくてはならない。「夢」はボクらの原動力になっているのだろうか、あの人はどうだろうか、この人はどんな「夢」を持っているのだろう、もしかしたら他人の「夢」に気付いていないだけで、この社会は「夢」で溢れているのではないか。外から見きれない人間にとって、読後のこの優しい気付きにこそ大きな意味があるような気がしてならないのだ。
寓話だね、イソップかもと片付けてしまうと何だかやるせない感覚はあるのだが、微妙に外れたコメディ感が何とはない嘘臭さを醸し出していて、重いなという印象はまったくない。これは読み手としては結構重要であり、表現の場として漫画を選んだのは成功していると思う(漫画があって内容があったのだと思うが)。ただ如何せん物語で語りたい多様な「夢」と同様、いろんな人に読んでもらわないとどうにもならない歯痒さがあるので「もうとにかく読んでほしい」とその一言に尽きる。