皐月文庫

仕事

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最終更新日2020年8月12日
漫画 17

星の案内人

上村五十鈴

人気のない町外れの森の奥にひっそりと建つ「小宇宙」は「じいちゃん」がたった一人で作り上げた小さなプラネタリウム。観覧料はたったの100円。小さな「トキオ」くん、その叔母の「ふみ」さん、引き寄せられるようにプラネタリウムにやってくる悩めるたくさんの人々。何処までも真っ直ぐな「じいちゃん」と語られる星々の物語に彼らの心は癒されていく。全4巻。

ストレートな癒しだと思う。勿論「じいちゃん」の真っ直ぐなキャラクターに拠るところは大きいのだけれども、星々の、星座の、あるいは神話というスケールの大きさも相俟って「人間の悩みなんかあなたが感じるよりも小さいんですよ」的なポイントを突き上手いこと対比させている。人によっては説教くさいと感じるかもしれないし、当人にとって物事はそれほど単純ではないと思うかもしれない。そんな時やっぱり掛けた時間の年の功、「頑張らなくていい」「ありのままでいい」そんな「じいちゃん」の優しいエールに撫でられて、心地よく読み進めることが出来る。

プラネタリウムにハマる人、結構いると思います。星の話、星座の話、その壮大な物語に惹かれる人も多いんじゃないかな、子供の頃、あんなに見上げてたのに、気付けば足元ばかり見ているようなそんな方にはきっと良いヒラメキを与えてくれるザ・癒し系漫画。どうでしょうか。

漫画 16

たそがれたかこ

入江喜和

わけもなくフレンドリーな人が苦手なバツイチ45歳の「たかこ」さんは、挙動の怪しくなってきた自由な母とアパートに暮らしている。食堂のパート、母の世話、夕飯の買い出し、体力の衰え、不意に流れる涙、一人酒、etc…。そんな下り坂の人生で出会った怪しい男とラジオの声。45歳という(別の意味での)微妙なお年頃を描いた中年による中年のための物語。全10巻。

恋をしたっていいじゃないか、コラーゲンがいつの間にか増えてたっていいじゃないか、何かを始めるのに年齢なんか関係ねー、…同年代の彼ら彼女らに送るエール、と言ってしまえば一言で片付けられるのだが、この物語はそんなに生易しい筋書きではないし、「中年テンプレート」に必死に抗おうとするアレコレを描いているわけでもない。この物語の前後にも人生はあって、長い長い人生という時間の中年期を切り取ったようなそういう小市民的な悲喜交々を描いているに過ぎないのだ。だからこそ男女関係なく「たかこ」さんに寄り添える、そんなふうに思えて仕方がない。女性向けの漫画誌に掲載されていたとはいえ、同年代の「おっさん」にも間違いなく刺さるんじゃないかなぁ。

娘の「一花」ちゃんや別れた元旦那、そして気になる「向こう側」の彼二人など、ちょうどいい距離感、ちょうどいい時間の掛け方でゆっくりと波が立っていく。若者らしさはないかもしれないが、突き放すような老成感もない、このふわふわとした「黄昏時」を楽しむ最良の一冊として。

小説 19

春を背負って

笹本稜平

脱サラして亡くなった父の山小屋を継いだ「長嶺亨」は、山の仲間や登山者らとの交流を通じ、それぞれが抱える事情と向き合いながら奥秩父の山岳地帯を舞台に「山の人」として成長していく姿を描く。

「山岳小説」という分類があるように山を舞台にした作品にはひとつのジャンルを形成できるほどの独特の雰囲気があるように思う。特に山がちなこの国の事情を考えれば、誰もが簡単に入り込めるような身近な自然の脅威として一層強く感じるに違いない。この物語ではそういう山の厳しさを表す一方、主人公の「亨」を筆頭とした登場人物たちすべてを暖かさ優しさの象徴として描いている点に注目したい。勿論、それぞれに迷いはあるし、周囲に助けられることで乗り越えていく部分はある、それでも悪意や絶望すら包み込んで、ただ誰かを助けようとするその姿勢に言い様のない鮮烈さを受けたのだった。

山岳ものというとどうしても山という自然の恐ろしさ、それ故起こる悲劇といった普遍的な物語性があるように見える。しかしこの作品ではそこから一歩引いて、人間の持つ生命力のようなものに焦点を当てて「生き抜くこと」ではなくもっと純粋に「生きる」ということそのものを描いていると感じる。

「山」という極限の舞台で助け合いながら生きていく様。そして、あくまで人のうちにあるお話。読み終えた後の率直な感想としてはそういう印象なのだ。

小説 17

電車道

磯﨑憲一郎

我慢のならなかった薬屋の男と選挙に落選し後に電鉄会社を興す男二人の生き様を軸に、ただの集落であったある町のおよそ100年に及ぶ変遷を丁寧に紡いだ物語。大震災や戦争、その後にあった高度経済成長など、近現代の日本に起こった様々な事件を背景に、鉄道と町、鉄道と人など、社会のインフラとしての鉄道の役割、それに関わる人間社会の変容などが壮大なスケール感で描かれている。

例えば「A列車で行こう」という鉄道を軸にした都市開発系のゲーム(1985~)があるが、ご存知の方には「ああ、なるほどそういう話ね」と思われるかもしれない。二人の男のうち、電鉄会社を興した男はプレイヤーであり、元薬屋の男は町を作る前に既に居たNPCというような図式だ。

鉄道の歴史。それも国家としての一大事業ではなく、今日で言う私鉄のそれ。小さな思惑がやがて国家の在り様も変えていくようなそういう単純なお話ではなく、鉄道という「道」の存在をベースにしながらも、二人の男の人間臭い個人の物語を丹念に積み重ねて、また彼らと彼らの思いが受け継がれていくことによって社会がどのように変容していったか、ここにこの物語の面白さ、特異性があるように思う。鉄路がレールの一本一本で繋がれているように、大きな世界と小さな視点をうまい具合に融合させてバランスよく時間を流す、この仕掛けこそ本作品の真髄と言ってもいいかもしれない。

小説 16

雪沼とその周辺

堀江敏幸

雪沼という山あいにある小さな町を舞台に、そこに営む様々な人間の在り様を描いた全7編。このうちの一編「スタンス・ドット」で川端康成文学賞を、表題の短編集全体で谷崎潤一郎賞及び木山捷平文学賞を受賞している。

ここで描かれている世界は取るに足らない人間の生活そのものでしかない。きっと何か別の媒体で、例えば映像化したとすれば誰もが想像するような過疎化した町の日常をやや冗長な画で切り取るくらいにしかならないだろうと思う。ところがそういう普遍的な人間の生き様を、この作品では人と物あるいは情と景のバランスを保ちながら、説明することの難しい緊迫感のようなもので間を紡ぎ、読み手の感情を前へ前へと走らせることに成功しているように思う。つまり文学でしか表現の出来ない「純」な作品なのだ。思うにこの感覚こそ、本小説の最も重要な点(様々な作品がある中)であって、代え難い魅力のひとつだと言えないだろうか。

「言葉のマジック」という評し方があるが、それに近い仕組みがあったとしても、煙に巻く様な言葉遣いでうやむやにせず、丁寧に丁寧に一文ずつ書いていった様なそういう印象の強い傑作だと個人的には感じている。

小説 13

とんび

重松清

昭和の親父「ヤス」さんの半生を追い、愛妻「美佐子」さんと、いずれ生まれる一人息子「アキラ」くんとの家族、父子の物語。

とんびという題名から察せられる通り、それは昭和のというよりもっとディープな下町感溢れる人情ものとして涙なしには読むことのできない絆の物語になっている。そしてもちろん方言で語られる言葉のマジックで、もうズルいとしか言い様のないお話と言っていいと思う。こうした人情ものというのは、もうこのご時世ではほとんど馴染みがなくなったし、下町という風景でさえ、もしかしたらレトロという言葉で片付けられてしまうような、郷愁のような響きさえある。そうした世界で「ヤス」さんが力強く前向きに家族のために生きることの素敵さ、暖かさのようなものをこれでもかと味わうことができるだろう。

父から子へ受け継がれていく思いだとか情だとか、単に絆という言葉で片付けられない、登場人物たちのそれぞれの思惑に打算のない優しさと切なさがあって、読みながらやっぱり涙を流してしまうようなそういう情景に満ちている。やりすぎだとか狙いすぎだとか、そういう感想もあるかもしれない。でもこれがこの世界の真実なんです。

漫画 10

花もて語れ

片山ユキヲ

「言葉とは声から生まれたもの」こんな導入で始まる、伝える文化「朗読」をテーマにした引っ込み思案で声の小さい主人公「ハナ」ちゃんの成長を描いた物語。全13巻。

日本朗読文化協会の協力のもと「朗読」の技法やその意義もきちんと解説しつつ、どうすれば伝わるのか・どのように表現すべきかといった、作り手界隈には頭の痛い普遍的な課題についてもハッとするような閃きを与えてくれるバイブルのような本。正直に言うと、僕個人の考えでは一種の警句集のような立ち位置にある。

宮沢賢治や金子みすゞ、芥川龍之介などの文学作品を取り扱い、作家たちが紡いだ言葉の意図をどう読み解いていくのかも面白い。その上で登場人物たちの直面する問題に、あるいは自分自身の抱える問題に「ハナ」ちゃんが朗読でどう立ち向かっていくのか、「想いを伝える」というシンプルな見せ方にグッと深みの増した答えが乗っかっていく筋書きはこの物語ならではと言えるだろう。

小説 11

東京ロンダリング

原田ひ香

主人公の「りさ子」さんは訳あって東京都内の事故物件に一ヶ月だけ住むという仕事に就く。この奇妙で不可解な仕事は不動産業者の説明責任を回避するための事故物件浄化(ロンダリング)業であるのだが、と同時にりさ子さん自身の心の浄化を描いていく再生の物語でもあるのだ。

例えば不動産を取り扱うウェブサイトなどで備考欄に「心理的瑕疵あり」の文字が書かれた物件を見たことがある方も多いと思う。直前に誰かが亡くなった、孤独死か事故死か、それともただならぬ理由で死を迎えたのか、いずれにしろ穏やかではないその物件に一月でも住む理由とは、僕自身その辺の法律には詳しくないので詳細は省くがよくもまあそんな仕事を考え付いたものだと変なところで感心してしまった。ロンダリングとはよく言ったものですよ。

作家自身が元々はシナリオライターだったからなのか、場面ごとの風景や会話の言葉選び、テンポも含めて実に分かりやすく小気味好く進行していく。まるでドラマを見ているかのような描き方。構成に意地の悪さなど微塵もなく、分かりやすく読みやすい仕上がりになっていると思う。これから家についてアレコレある方は是非に。

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漫画 6

ハナヨメ未満

ウラモトユウコ

お見合いパーティーで知り合った相手と即断即決の勢いで婚約したが、挨拶する前に突然亡くなった義父の葬儀でただ一人瀬戸内海の小さな島へ。人口たったの400人、その島(塩島)を舞台に繰り広げられるドタバタ劇。全3巻。

主人公は東京で働くウェブデザイナーのOL。それに加えて、どうしても島に帰りたくない婚約者の「彼」と個性的な島の面々、そして怪しげな裏世界の住人たち、コメディはやはりキャラが立っていないと面白くない。そしてセリフにある種のセンスがないとスベってしまう。ツッコミの切れ味も重要だと思うのだが、とにかくこの物語の秀逸な点はそれら全てで肩肘張らない程度に実に小気味好いバランス感覚で構成されているところだと思う。「熱量」の問題ではなく、何と言うか「間」の問題なのだ。個人的にはコメディが書ける描ける人というのは頭のいい人だという認識があって、そういう意味でも期待を裏切らないセンスを堪能出来る。それに何より個人的にはこの絵柄がツボ。

漫画 4

プリンセスメゾン

池辺葵

居酒屋チェーンで働く沼越さんの「家」を買うためのお話。全6巻。居酒屋の同僚、モデルルームのスタッフ、その関係者、手の届く距離のごくごく小さな範囲で繰り広げられる「居場所」の物語。

まったく唐突に「幸せ」って何だろうと思う。ふと思いついた夢だとか希望のような小さくても前向きな思いを詰め込んだようなそういう感覚こそ、この物語の大きなテーマのように感じる。そう別に小さくてもいいのだ。この作品の中の登場人物たちは誰もがその小さな幸せを大きなテーマとして抱えている。悩みもするし、失敗もする、誰もが日々出会うような小さな岐路に逡巡する、そういう様子がとにかく愛おしい。そうとにかく愛おしいのです。

漫画 2

イエスタデイをうたって

冬目景

コミックス第1巻が発刊されたのが1999年。最終巻である11巻は2015年、足掛け16年に渡って様々な意味で読者の気を揉み続けた大作(と言っていい)。後日譚や作家へのインタビューを載せた短編集「afterword」も含めて全12巻。

携帯電話もネットのやりとりも出てこない昭和のモラトリアムを味わえる。何も起きないし、何も始まらない、だがゆっくりと確実に掛かった時間以上の緩やかさで逡巡し葛藤する、それでも爆発するような激しさは勿論なく、どちらかと言えば下流の川の流れのようなそんな静けさ。おそらくこれが等身大というやつなんだと思う。

カラスを肩に乗せたハルというヒロインも決してエキセントリックなわけではない、もちろん「ああいたよねこういう娘」ということでもなく、何というか事も無げにただ在るというようなそういう感覚(或いは)描き方がこの物語では大事なポイント。

小説 2

とにかくうちに帰ります

津村記久子

表題の通りとにかくウチに帰りたいのだ。豪雨だろうが何だろうが、帰巣本能に従って帰るためのストーリー。

あらかじめ約束されたかのようなタイムラインで進行していくごくごく日常のありふれたお話。しかしそこはこの作家なので一筋縄ではいかない、どんな石ころにだって宇宙を与えてしまう観察力で壮大な物語に仕上がっている。不意に現れる名前、城之内さんは…、ファン・カルロス何とかは…、この絶妙な仕掛けに例え様のない生々しさがある。まるで今もすぐ隣で息をしていそうなそういう感覚。

ちなみに読了後ツイッターで呟いた率直な感想が多分一番分かりやすい、曰く「征服も救済もなく、罪も罰もなく、劇的な生も死もないごく普遍的な日常をそういった振幅の激しいドラマと同じ熱量で綴られている。とにかく観察の作家だと。人間が好きなのだと思う。面白い。そして大好物だ。この作家に出会えて良かったよ、本当に。」